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日記リレー

【日記リレー2025 vol.17】「表現」 ~羽根田明洋(4年/商学部/AT/#39/慶應義塾高等学校) ~

2025.10.09 羽根田明洋の日記リレー

昔々あるところに、お爺さんとお婆さんがおりました。お爺さんは山へ芝刈りにお婆さんが川へ洗濯に行くと、どんぶらこどんぶらこと大きな桃が流れてきました。お爺さんとお婆さんが桃をふたつに割ってみると、モクモク煙が立ち上り、豪快な笑い声と共に青い魔人が出てきました――――この魔人、登場人物じゃないぞ!

慌てた様子で現れた男が、汗の滲む手でランプを3回こする。すると青い魔人は、煙と共に吸い込まれるようにランプへと戻っていった。
「おい、ジーニー!またイタズラしてたな!」
襟元で額の汗を拭いながらランプに話しかける男――カイル・ジェイド(Kyle Jeydh)が、ランプを持つ手とは反対の手でパチンと指を鳴らす。すると、薄暗い書斎で開かれた『桃太郎』の本から勢いよく飛び出し、机の前で無造作に置かれた椅子へとその勢いのまま倒れこんだ。ジェイドは『アラジン』の分厚い表紙を開き、溜息混じりに”ジーニー入り”のランプを本来の居場所へ送り返した。

今ご覧いただいたのが、彼の「秘密の仕事」。一見、都内のオフィスで働くごく普通のサラリーマンだ。しかし週に一度、人知れぬ場所にある「書斎」へと向かう。彼の能力は、開いた「本の中に入る」こと、そしてその本の「登場人物やキャラクターを現実に呼び出す」こと。彼の仕事は、ほとんど起こり得ないことだが、本の中のキャラクターが勝手に現実の世界、あるいは別の本の世界に”越境”しないようパトロールし、管理することだった。この日は、いつものようにオフィスで膨大な書類を片付けた後、秘密の「仕事場」へと向かっていた。

仕事を終え、重い体を引きずる様に帰路を辿っていた。すると、いつも通りの夜の街が異様な雰囲気で包まれていた。人々のざわめきが、重い足取りのジェイドをただの好奇心で引き寄せた。
突如、眼前の光景に凍りついた。黒い仮面、翻るマント、そして人々を惑わす華やかな演出。怪盗アルセーヌ・ルパンが、群衆の前で見せ物のように金庫の金を盗むと宣言していたのだ。おかしい、ルパンが現実に存在するわけがない。
「皆様!本日は、世界で最も安全な銀行の金庫から、最も簡単に財産を盗んで見せましょう!」
ルパンは群衆に向けて自信たっぷりに叫ぶと、一人の銀行員を指差した。「さあ、正直者よ。金庫のパスワードを教えてくれたまえ!」大胆すぎる要求に群衆が戸惑う中、銀行員は「知らない!」と強い口調で否定する。
すると、銀行員の声と同時に、ピノキオの鼻がカタリと音を立てて伸びた。群衆のざわめきの中、ルパンはにやりと笑った。「嘘をつくと伸びる鼻、便利だろう?」

銀行員は大きく動揺した。彼は金庫のパスワードを知っていたのだ。だが、正直に言えばクビが飛ぶ。銀行員は「本当に知らない!」と声をあげるが、ピノキオの鼻がビヨーンと伸び、その発言を丸裸にする。ジェイド含め、群衆は驚きが隠せない。銀行員は顔を青くし、次いで「知っているが言えない!」と叫んだ。ルパンは何やら銀行員に囁き、心が屈した銀行員が諦めてパスワードを吐いたように見えた。
直後、金庫室の大きな扉が開き、けたたましいサイレンが鳴ると同時に煙幕が上がった。煙が晴れた時、ルパンと共に金庫の中はもぬけの殻になっていた。
ジェイドは冷や汗をかいた。まさか世紀の大悪党が自分の管理不足で世に放たれることになっているとは夢にも思わなかったからだ。
ルパンの強烈なカリスマ性は、ピノキオの演出と相まって、瞬く間に世間の話題をさらった。

ルパンの犯行は続いた。世界一厳重に守られている”青い涙”という巨大な宝石が忽然と姿を消した。警備員は皆一様に「巨大な影が来て、それに気を取られている間に消えた」と証言する。だが監視カメラは不可解だった。映像は一瞬、宝石の輪郭を歪め、まるで透明な何かが宝石を囲うようだった。しかしそこには、一切の証拠も残っていなかった。
そして立て続けにルーヴル美術館からサモトラケのニケも盗み出された。これも現場に証拠はなく、ニケ自らが浮遊しながら美術館を出ていったなんて話もある。

一向に証拠が残らないルパンの犯行に、警察の捜査は難航していた。これ以上、ルパンのやりたい放題にさせるわけにはいかない。
自分で蒔いた種は自分で解決しよう。意を決したジェイドは急いで書斎へ向かい、『シャーロック・ホームズの冒険』を開いた。
「君の頭脳を貸してほしい。」
シャーロック・ホームズは、ジェイドから全てを聞き、瞬時に事態を把握した。そしてすぐさま事件の捜査に取り掛かった。

ホームズはジェイドと共にすべての犯行現場を調査したが、やはり証拠は残っていなかった。
お手上げとはこのことを言うのだろう。皆で書斎へ戻ると、疲労でぐったりしてしまった。しかし、ホームズの目にはまだ闘志が残っていた。鋭い眼光で書斎を見渡す。すると、ある違和感がホームズを刺激した。
「何も証拠がない……。いや、何も残っていないことこそが証拠ではないか。」
ホームズは深くパイプを吸った。辺りを歩き、現場の写真や目撃者の陳述を紐解いていった。
「ルパンは一人ではない。彼は何らかの特殊な力を使い、証拠を完全に消している。」
「…そして、その力はこの現実世界に属さないものだ。」
確信を得たようにいつも通りの観察と推理の積み重ねが始まる。

「ルパンもまた、この『本の力』を使っている。そして本は彼にも開けられる。だがもっと重要なのは…」ホームズの指先が何かを指している。「この書斎に頻繁に出入りしている”痕跡”があることだ。つまり、ルパンはここを通して何度も物語のキャラクターを現実に引き出している。そしてその現場を目撃している人物がいる。」
ホームズが腕を伸ばした先には、ジェイドがこれまで見落としていた一点へと吸い寄せられた。書斎の片隅で、小さな木の顔がちらりと覗いている。ピノキオだ。ルパンの最初の強盗事件で金庫のパスワードを聞き出したピノキオが、書庫の隅で退屈そうに本棚にもたれかかっていた。

「ピノキオは嘘をつくと鼻が伸びる。非常に単純な特性だ。だが、誰かが演出として嘘をつき、ピノキオの反応を利用して外界の記憶を作り上げれば、目撃証言は容易に作られる。だがもっと肝心なのは、ピノキオ自身がすべてを見ているかもしれないということだ」
ホームズは書斎からピノキオを連れ出し、静かな午後の喫茶店に座らせた。ジェイドが不思議そうに見守るなか、ホームズは穏やかに問いかけた。
「あの銀行員は、金庫のパスワードを知っていたのかい?」
「そうだ!」ピノキオは答えた。鼻が伸びる。
「君は、ルパンが複数人で犯行に及んでいるところを目撃したかい?」
「見てない!」ピノキオは答えた。鼻が伸びる。
「では、ルパンは君をただの目くらましに使ったのかね?」
「そんなはずはない!」ピノキオは怒って答えた。鼻がさらに伸びる。
ホームズは静かに微笑んだ。ピノキオが嘘をつくたびに鼻が伸びるという性質は、彼がルパンの真のトリックの一部始終を目撃していたという何よりの証拠になったのだ。

ピノキオは自ら見た光景を知っている。ルパンはあの夜、群衆に向けて「ピノキオが鼻を伸ばした」と演出し、記憶と証言をねじ曲げたのだ。
「ピノキオ、真実を話してくれないか。」
ホームズは静かな口調で言った。しかし鋭い眼差しと力強い存在感にピノキオは気圧された。
そして震える声で語り始めた。あの夜、金庫の中身は群衆が見るよりも先に盗まれていたのだ。ティンカーベルの粉が金庫を包み、軽い風が運ぶ、その先にはガリバーの持ち歩く本が開かれ金庫を小さくした。手のひらサイズの金庫から中身を抜き取り後は元に戻す。……なるほど、これが強盗事件の真相なのだ。ホームズは証言を元に瞬時に場面を組み立てた。

「つまり、ルパンはその事実が露見することを恐れたのだな。彼は能力の存在を隠したかった。そこでこの不可解な事件に目撃者を作った。銀行員の発言は本当だった。しかしルパンが耳元で適当な嘘でも言ったのだろう。記憶を操作するためにピノキオを利用し、群衆に”鼻が伸びた”ことを見せる。人々はそれを”パスワードが暴かれた”と信じる。真相は煙に巻かれると言う魂胆だ。」

そうとわかってしまえばあとは真実に辿り着くまでは簡単だった。事件とそれに合わさるシチュエーション、何の本を持ち出したかを全て”ピノキオの鼻”に白状させた。ルパンはピノキオを「嘘つきを見つける道具」として利用したが、ホームズはピノキオを「真実を逆探知する証人」として利用したのだ。

金庫破りに続き残りの事件の真相も紐解かれていく。
「青い涙」は透明人間に盗ませたもの。「サモトラケのニケ」はジーニーの魔法で空中を浮遊させて盗みを働いていた。ニケが自ら飛んでどこか行ったなんて証言は当てにされるわけもないし、証拠も残るはずがない。
さらにピノキオの証言によると、ルパンに”本の力”が使える理由も実に単純だった。いたずらに本から飛び出したジーニーを捕まえ、願い事を唱えたというのだった。
「いたずら好きには本当に困ったもんだ。」
ジェイドは呆れたように呟き、ルパンのトリックが明かされるにつれて自分の能力とキャラクターを利用されたことに憤りを感じた。

「トリックを見破ったはいいが、アイツをどう捕まえてやろう。」
ジェイドは不安そうにホームズに問う。
「既に手掛かりがある。彼が狙う場所へ先回りしよう。ルパンは誇示を好む。彼の“舞台”は必ず人の目に触れる。そこに僕らは立って待つ」
この言葉に、「待ってました」と言わんばかりにジェイドは走り出し、”そこ”へ一直線に向かった。

ホームズの先見は的中した。ルパンの次の標的は街の中心に位置する大ホール――式典に用意された金の王冠が月夜に輝いていた。ルパンは既に計画を練り上げていたが、ホームズとジェイドはその前に立ち塞がった。そして追いついた警察が周りを包囲し、大ホールは袋の鼠となった。
意表をつかれ、流石のルパンも驚いた様子だ。抵抗しても無駄だと悟ったのかあっさりと捉えられた。ホームズは流暢にトリックを説明しだした。彼の推理を聞き、自らの汚点を理解したルパンは苦笑を漏らすしかなかった。そしてため息混じりに肩を竦め、いつものように礼儀正しく告げた。

「君は見事だ、ホームズ。だが、私はただ世界を少しだけ面白くしたかった。それだけだよ。」
ホームズはふっと鼻で笑い、冷徹な声で答えた。
「面白さが人の生活と安全を侵すならば、面白さは犯罪だ。君の芸術はここで終わる。」
ジェイドが『怪盗アルセーヌ・ルパン』の本を開くと、街を混乱に陥れた1人の怪盗はシュルシュルと本の世界へ吸い込まれ、『奇巌城』のページへと戻されていった。呼び出された他のキャラクターたちも次々と元の本へ還され、街には再び平穏が戻った。人々は口々にホームズとジェイドを称え、新聞は探偵の名推理を大きく報じたのだった。

…パタン。
月明かりが鋭く部屋に流れ込む――書斎の奥で、文豪達を脇に誰かが静かにページを閉じた音がした。その表紙には、『書斎の番人の事件簿』と記されていた。
その本を閉じた人物は…他ならぬジェイドだった。一方机の向こうでは、静かに頷く漱石とシェイクスピア、芥川が嬉々としていた。
「完璧な筋立てだ」
「これで、我々の”作品”は完成だ」
ジェイドは、傍に控える三人の人物――芥川龍之介、夏目漱石、そしてウィリアム・シェイクスピアに向かって、深々と頭を下げた。
「見事です、先生方。私の意図した通り、すべてのトリックと、それを打ち破る論理が見事に構成されていました。あとは実行に移すのみ…」
ジェイドの真の目的――それは自分の能力を応用した「完全犯罪」を企むことだった。
彼は、自分が最も信頼し理解している”能力”を利用した一つの小説を作り上げた。ルパンの犯行とキャラクターのトリック、これを自らの能力で呼び出した文豪たちに書かせることで、「自分の能力を使った完全犯罪」のシナリオを完成させていたのだ。
残る作業は単純だ。ジェイドは、本に書かれたルパンの失敗とホームズの成功のすべての要素を、自分の計画から徹底的に排除した。
彼は満足げに微笑む。もはや、彼の犯罪を止める術は、この世界には存在しない。
「さて、まず初めの人物を呼び出そうか」
ジェイドは、『シャーロック・ホームズの冒険』と記された分厚い表紙にそっと手を触れる。
「間違ってもホームズの本は開くまい」

【書斎の番人の事件簿】
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日記リレーという四年に一度の大切な機会に、私を「表現」させていただきました。本当は色々書きたかったのですが、まぁ伝えたいことは言葉で伝える主義なので、、、

さて、花岡くんからバトンを受け取りました。彼はとにかく顔が”広く”いつもメットの中がパンパンです。おそらくどんな顔ハメパネルでもいい写真が撮れるでしょう。まさかの誕生日が丸被りの彼。2人の誕生日祝いだ!とか言ってオシャレなバーで飲ませたら、もっとスケベな話をしてくれそうです。ちなみに俺はランキング入ってる?

続いて次のバトンを林くんに受け継ぎます。彼はそうですね、ふくよかです。ものごっつふくよかです。おそらく大好きなディズニーのキャラクターを片っ端から食べちゃったんでしょう。そんな彼のカロリー高そうな日記をぜひお召し上がりください!

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