pioneers-legacy
Pioneer’s Legacy特集

【40周年記念対談】山本明徳さん×山崎将英

今回は弊部OBの山本明徳さん(1992卒)をお招きし、4年今年度副将を務める山崎将英との特別対談にて、40年間の歴史を振り返っていただきました。

山本さん:1992年卒業の山本明徳です。現役の時のポジションはゴーリーでした。
卒業してから仕事で大阪へ転勤し、東京に戻ってきてからはファンリーグのBIG REDに所属しながら、三田ジュニアラクロス倶楽部というのを立ち上げ運営していました。そののち自分はもうプレーの方は少し引退しまして、そのタイミングで慶應義塾女子高等学校の監督をすることになり現在にいたっています。よろしくお願いします。

山崎:よろしくお願いします。今年度副将を務めております、山崎将英と申します。ポジションはオフェンスミディをやっています。僕は小中高12年間野球をやっていて、大学から始めたアーセナル出身です。本日は貴重なお時間をいただきありがとうございます。

【当時の慶應ラクロスの雰囲気】
山本さん:入った時、僕らが慶應ラクロスとしては3代目になります。2つ上の先輩が日本でラクロスを最初に始めて、当初は緩いサークルだったらしいのですが、私たちが入る年に体育会系の方向に舵を切ったという感じです。当時やはり対戦相手がないので、先輩方が各大学に勧誘に行って他のチームを作って、リーグ戦をやって、ラクロスっていうスポーツをちゃんと日本に根付かせようっていう活動をしていく中では、そういった方向転換はごく自然なものだったと思います。

やっぱり1番みんなの一体感が出たのは4年の時のリーグ戦で優勝した時ですね。実は、前年、僕が3年の時に、リーグ戦で東大に1点差で負けて、優勝を逃して全日本選手権に駒を進められなかったという屈辱的なことがありました。それを経ての4年だったので、みんなの思いもすごい強くて、やっぱりそこでの一体感はすごい大きかったなっていうのは、今はさらながらに感じますね。

山崎:そうなんですね。サークルっぽい雰囲気から体育会というか、真剣な方にシフトしていったときはすんなりいったのでしょうか。

山本さん:これやっぱり初代がすごいなと思うのは、自分たちできちんとこのスポーツを広げていって、ちゃんと組織をきちんとしていかなきゃってこう思ったからそういう方向へ舵を切ったというところですね。楽しいまま4年間過ごせたらいいやで、ずっと緩いサークルのままだったら今僕らはいないので。

山崎:初期の方々が他の大学に勧誘に行っていたという話は以前聞いたことがあったんですけども、その他の大学との関わり方はどうだったのでしょうか。

山本さん:実際、実は僕らの代は他の大学への勧誘に行くっていう活動は携わっていなくて、1個上、2個上の方が主にやっていたんですけど。当時、1986年に一応ラクロス協会が設立されてたその段階ではほとんど慶應でしかいなかったので、東大や早稲田の友人に声をかけて、第1回のリーグ戦の時は男子5チーム、女子2チームでスタートしていますね。

山崎:やっぱり今はチーム数もたくさんあって、慶應としては日本一っていうところを目標にしているんですけども、当時の方々はラクロスを広めたいという気持ちの部分が大きかったのでしょうか。

山本さん:そうですね。我々3代目になると、もう入部して秋には第1回のリーグ戦が開催されるっていうところで、ある程度上の代の方がレールを敷いてくれたところに乗っかって、普通に1年生で入部したので、僕らもリーグ戦優勝っていう目標は当然ありました。ただ、やっぱりそうは言っても、ラクロスの普及をしていかなきゃいけないという気持ちも今の人たちよりかは持っていたんだろうね、多分ね。

【現代の慶應ラクロスの強みと課題】
山崎:そうですね。やっぱり他大に比べて先輩の方々が敷いてくださったレールや歴史の積み重ねがある分、それらからいろんなことを学べるっていうのが1番強みだと思っています。練習環境や組織としてのルールの面だったり、OB会の方々などといった援助面でも、やっぱりいろんな部分で礎があるっていうのが慶應の特徴です。一方で雰囲気について、他大から言われる「慶應らしさ」というのが良くも悪くもあって、いい意味でも悪い意味でも慶應にプライドを持っている部分があったりとかして。やはりそれがいい面に働けばいいんですけれども、自分たちの環境が整っている分外部の大学にあんまり興味を持たないという課題もあるのかなと思います。

山本さん:その今最後におっしゃったような部分とかは、どうしたら変えられるかな。

山崎:やっぱり圧倒的に思うのが、外部からの武者の方々は慶應に練習に来てくださったりする一方で、慶應からはフェイスオフ以外で積極的に他大に行く文化が上級生になるにつれて少なくなっているのかなという点です。武者に行って外部を知る機会が増えれば改善できることもある気がしています。

山本さん:そうですね、40年間の歴史があるからこそ外部への関わり方とか興味っていうのは失わないようにした方がいいと思います。直接的に自分たちが強くなることには寄与しないかもしれなくても、例えば2部3部のチームとかに教えに行くなり、慶應って自分たちが勝ちを目指すだけじゃなくて、ラクロス界全体の底上げに関わっているんだなという評価はPioneer’s Prideをキープしていく上でも、重要じゃないでしょうか。

【日本ラクロス創設の原点】
山崎:Pioneer’s Prideについて、現役でいらっしゃった頃はどう捉えていたのでしょうか。

山本さん:Pioneer’s Prideっていう言葉は正式には25周年の時からなんですけれども、25周年の記念誌に当時の三田ラクロス倶楽部亀井会長が書いていたことであったり、2003年の主将だった光本君がいい文章を寄せていたりするのでできれば皆さんには読んでもらいながら、自分なりのPioneer’s Prideを考えていただきたいです。

少し歴史をお話ししますと、初代の理事長だったノリオ・エンドーさんっていう方が、日本でラクロスを広げたいなと思っていたところから始まります。エンドーさんは日米貿易摩擦でジャパンバッシングがあった際に、学生の頃から友人関係ができていれば、戦争みたいなことも防げるであろうと考えて、ラクロスっていうスポーツを媒体として、日米の学生をもっと草の根レベルで交流させて相互理解を図りたいという理念を持っていたんです。そこがもう全てのスタートです。だからラクロスが国際交流とか国際親善にすごく力を入れているのはそこであって、学連の西日本支部の方では、実はこの日本ラクロスの成り立ちの理念を4年生が新入部員に4年生の口で説明するっていうことを全大学でやってるっていうのを聞いて、それはすごいいい取り組みだなと思いました。東日本支部や慶應部内でもできたらいいですね。

山崎さん、三田の旧図書館の2階が慶應義塾史展示館っていうミュージアムみたいになってるのって知ってます?入場無料で誰でも入れる慶應義塾の歴史を学ぶミュージアムなんですけど、ずっと展示を見ていくと、最後の方に慶應義塾とスポーツっていう展示のコーナーがあって、そこにちゃんとノリオ・エンドーさんは入ってます。是非一度訪れて見てください。

山崎 : ありがとうございます、行ってみます。

【これからの慶應ラクロスへの期待】
山本さん:まず1つ目はみなさんに、ラクロス部という場を通じて社会で活躍できる人になって欲しいですね。やっぱり慶應のラクロス部出身ですって言った時に、ああ、なるほどねって思ってもらえるような人になってほしいなっていうのがあります。やっぱり本当に人付き合いが多いに越したことはないと思いますね。

2つ目はラクロスの観点で、本当に昨今は他大学の各チームも強くなってきて、勝つことが昔よりもすごく難しくなっていると思います。日本一を目指すというポジションに居続けるのも簡単ではないと思いますが、だからこそそのポジションは失わずにいて欲しいなと思います。でもやっぱり1番大切なのは結果ではなくプロセスや努力だと思っているので、慶應ラクロスで頑張ってきた人は一味違うねと思われるような活動を今後も続けて行って欲しいです。

山崎:ありがとうございます。今のチームの目標としては日本一を掲げるっていうのはもちろんなんですけれども、先ほどもお話あった通り、やっぱりこの大学生活をラクロス部に捧げている以上、ラクロスを通して人間的な成長をするっていうのが一番だと思っています。慶應内だけではなく外部に目を向けて、ラクロスを全力でやることによって色々な価値観に触れていきたいです。

山本さん : ありがとうございます。期待してます。

山崎:本日は貴重なお話をいただきありがとうございました。

山本さん : これからも頑張ってください。40周年記念式典でお会いしましょう。

PARTNER

共に情熱を燃やしてくださるパートナー様

OFFICIAL SNS

各種SNSでも最新情報を発信中